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cogito ......


東明しののめ の空の如く丘々をわたりゆく夕べの風の如く
はたなびく、、、、、小旗の如く涕なかんかな

    或あるはまた別れの言葉の、こだまし、雲に入り、野末にひびき
    海の上への風にまじりてとことはに過ぎゆく如く……

       中原中也「老いたる者をして」- 詩集「在りし日の歌」より

2016-09-25

不条理


カミュによれば、〈不条理〉とは世界の属性でも人間の属性でもなく、人間に与えられた条件の根源的なあいまいさに由来する世界と人間との関係そのものであり、"理解を拒絶するもの" と "明晰な理解への願望" との果てしない対決である。
- 出典: 平凡社 改訂新版 世界大百科事典 ( "" は筆者)



不治の病の床にあるものは言う・・・迷惑をかけたくない、配偶者が、兄弟姉妹が、子供たちが、自分の介護のために、それぞれの人生を無駄にするのは絶対に避けたい・・・と。

でも、それは違う・・・明らかに違う。

家族の介護に自らの全てを注ぐことができなければ・・・そのほうがよほど辛い。それ以外に、私の人生の意味などありはしない。もしそんなことにでもなれば、私の人生は、悔いて悔いて悔いて、無為に時を過ごすことになるだけだ・・・
そして、さらに思う。
もし反対の立場だったら・・・
私も同じことを願うだろう。連れ合いに、姉弟に、それぞれの人生を私のために無為に過ごさせたくない・・・
つまり、立場が変われば正否は逆転する。

久子はそう願って、諦めと忍耐を予定して、施設に入り、延命を拒み・・・逝ったのだろう。
・・・そう思う。
それが・・・重い。

さて、この果てしない循環から、どうしたら抜けられるのか・・・?


∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥


死んでゆく者、残される者、そのどちらにも非はない。それぞれが、そうあるべきと思う生き方を貫いている。

そのように、ヒトが真摯に生きると不条理に遭遇する。生き方が真摯であればあるほどそれと激しくぶつかる。
・・・
それを、不条理と呼ぶのだが・・・
冒頭に引用した「人間に与えられた条件の根源的なあいまいさに由来する世界と人間との関係そのもの」にある "根源的なあいまいさ" はその表現自体があいまいに過ぎるように思う。今、世界はより深くネガティブなものであるように思える。



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