シャロンのバラ、シャロンの花、谷のユリ、谷間の百合、野のユリ、シロアムの池、等々、文学作品や音楽に、実にさまざまに引用されている言葉のルーツを少し整理してみました。
シャロン (Sharon)
イスラエルの地名。現在のテル・アビブ市の北、サマリアと地中海の間の肥沃な平原(ヘブライ語で ??ronn)に与えられた名前。
一帯は乾燥地域で砂漠が多いにもかかわらず、緑深く花咲き乱れるといわれるこの地は特別で、古くから様々な形で慕われている。
「乳と蜜が流れる広い良い土地」-(出エジプト 3:8)旧約聖書口語訳
「シャロンは羊の群れの牧場となり、アコルの谷は牛の群れの伏す所となって、わたしを尋ね求めたわが民のものとなる。」-(イザヤ書 65:10)同上
シャロンの牧場は、ユダヤ教とキリスト教世界における理想郷を意味する。その地に咲く白い可憐な『シャロンの花』(シャロンのバラ)とはムクゲのことであり、旧約聖書では純潔の象徴として扱われている。 -(Wikipedia)
「わたしはシャロンのばら、谷のゆりです」 (雅歌 2:1)旧約聖書口語訳
これは、旧約聖書の「雅歌」の中で、たびたび、"女のうちの最も美しい者よ" と呼ばれるおとめが、自らを言い表した一節。
「雅歌」はソロモンが詠った(とされる)、恋愛、情愛、おとめ、若者、などを賛美する、おとめとの対話のような、連作歌集のような著作。
聖書の中ではその内容が特に異色で、いろいろな形で引用されることも多い。しかし、聖典としての妥当性には批判も多く、その全体の解釈・評価は定まっていない。
"I am the Lily of Sharon, the Rose Of the Valleys, Daughter of Zion".
- Lenard Bernstein, 1963, Symphony No.3 "Kaddish"
野の花 野のユリ
∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。
しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。
ああ、信仰の薄い者たちよ。
しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。
ああ、信仰の薄い者たちよ。
-(マタイによる福音書 6:28 - 6:30)新約聖書口語訳
注)文語訳新約聖書は「野の花」ではなく「野のユリ」(原典に忠実)
∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
シロアムの池
シロアム(英語 Siloam; アラビア語 Silwan) は、エルサレム旧市街を囲む城壁の南側あたりの地域の名称。
シロアムの池は、近くにギホン(Gihon )の泉と呼ばれる間欠泉があり、そこから数百メートルのトンネルによる水路で水を導いて作られた池。生活用水のための貯水池だといわれる。
また、この泉の水は、トンネルを通して池に送られるだけでなく、シロアム地域の庭園にも供給された。
-(en.wikipedia-Siloam tunnel)
∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。
弟子たちはイエスに尋ねて言った、
「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。
イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。
ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。
わたしたちは、わたしをつかわされたかたのわざを、昼の間にしなければならない。
夜が来る。すると、だれも働けなくなる。
わたしは、この世にいる間は、世の光である」。
イエスはそう言って、地につばきをし、そのつばきで、どろをつくり、そのどろを盲人の目に塗って言われた、
「シロアム(つかわされた者、の意)の池に行って洗いなさい」。
そこで彼は行って洗った。そして見えるようになって、帰って行った。
近所の人々や、彼がもと、こじきであったのを見知っていた人々が言った、「この人は、すわってこじきをしていた者ではないか」。
ある人々は「その人だ」と言い、他の人々は「いや、ただあの人に似ているだけだ」と言った。しかし、本人は「わたしがそれだ」と言った。
そこで人々は彼に言った、「では、おまえの目はどうしてあいたのか」。
彼は答えた、「イエスというかたが、どろをつくって、わたしの目に塗り、『シロアムに行って洗え』と言われました。それで、行って洗うと、見えるようになりました」。
人々は彼に言った、「その人はどこにいるのか」。
彼は「知りません」と答えた。
弟子たちはイエスに尋ねて言った、
「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。
イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。
ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。
わたしたちは、わたしをつかわされたかたのわざを、昼の間にしなければならない。
夜が来る。すると、だれも働けなくなる。
わたしは、この世にいる間は、世の光である」。
イエスはそう言って、地につばきをし、そのつばきで、どろをつくり、そのどろを盲人の目に塗って言われた、
「シロアム(つかわされた者、の意)の池に行って洗いなさい」。
そこで彼は行って洗った。そして見えるようになって、帰って行った。
近所の人々や、彼がもと、こじきであったのを見知っていた人々が言った、「この人は、すわってこじきをしていた者ではないか」。
ある人々は「その人だ」と言い、他の人々は「いや、ただあの人に似ているだけだ」と言った。しかし、本人は「わたしがそれだ」と言った。
そこで人々は彼に言った、「では、おまえの目はどうしてあいたのか」。
彼は答えた、「イエスというかたが、どろをつくって、わたしの目に塗り、『シロアムに行って洗え』と言われました。それで、行って洗うと、見えるようになりました」。
人々は彼に言った、「その人はどこにいるのか」。
彼は「知りません」と答えた。
- (ヨハネによる福音書 9:1 - 9:12)新約聖書口語訳
∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
改訂:2017.10.31 欠落項「野の花 野のユリ」を加筆 他細部書式統一
2017.11.01 細部レイアウト変更
2020.02.22 レイアウト更新
2020.07.05 末梢レイアウト変更
2021.04.17 末梢表現変更
2021.06.29 アイコン リンク書式修正
2022.05.15 引用元の新約聖書口語訳及び旧約聖書口語訳の発行者を日本聖書協会に修正
2024.02.24 シャロンの引用補遺 レイアウト細部修正
2017.11.01 細部レイアウト変更
2020.02.22 レイアウト更新
2020.07.05 末梢レイアウト変更
2021.04.17 末梢表現変更
2021.06.29 アイコン リンク書式修正
2022.05.15 引用元の新約聖書口語訳及び旧約聖書口語訳の発行者を日本聖書協会に修正
2024.02.24 シャロンの引用補遺 レイアウト細部修正
0 件のコメント:
コメントを投稿
********** 投稿要領 **********
1. [公開] ボタンは記入内容を管理者宛に送信し即公開はしません
(サイト劣悪仕様により当該文字列変更不能)
2. 非公開希望の場合もその旨記述しこのボタンで送信して下さい
3. 送信された記述内容は管理者の承認を経て原則公開されます
4. 反公序良俗, 政治的偏向過剰, 宣伝, 広告, スパム等は不可
**********************************