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Cogito


東明の空の如く丘々をわたりゆく夕べの風の如く
はたなびく小旗の如く涕かんかな

或はまた別れの言葉の, こだまし, 雲に入り, 野末にひびき
海の上の風にまじりてとことはに過ぎゆく如く……

2018-03-09

中原中也「言葉なき歌」


中原中也「在りし日の歌」より




言葉なき歌


あれはとほいい處にあるのだけれど
おれは此處で待つてゐなくてはならない
此處は空気もかすかで蒼く
葱の根のやうに仄かにあは

決して急いではならない
此處で十分待つてゐなければならない
處女むすめのやうに遥かを見遣つてはならない
たしかに此處で待つてゐればよい

それにしてもあれはとほいい彼方で夕陽にけぶつてゐた
フイトルのやうに太くて繊弱だつた
けれどもその方へ驅け出してはならない
たしかに此處で待つてゐなければならない

さうすればそのうち喘ぎも平静に復し
たしかにあすこまでゆけるに違ひない
しかしあれは煙突の煙のやうに
とほくとほく いつまでも茜の空にたなびいてゐた


中原中也 1938 在りし日の歌



出典:中原中也全詩集 P.254 1972 角川書店
参照:日本現代詩大系 第九巻 1951 河出書房

注)處=ところ
注)此處=ここ
注)蒼く=あおく
注)葱=ねぎ
注)仄か=ほのか
注)遥か=はるか
注)見遣つて=みやって
注)彼方=かなた
注)號笛=軍艦上で号令をかける際に鳴らす合図の笛
注)フイトル=意味不明 出典の誤植か (土のちり)
  フィフル =参照図書 P.266 掲載の同じ詩に振られたルビ(仏 Fifre: 短い横笛)
注)繊弱=せんじゃく
注)喘ぎ=あえぎ
注)茜=あかね

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