ハインリッヒ・ハイネ「いと麗しき五月」

詩集「歌の本」より

いと麗はしき五月

なべての莟、花とひらく
いと麗はしき五月の頃
戀はひらきぬ
わがこころに。

諸鳥もろどり のさへずり歌ふ
いとも麗はしき五月の頃
われうち開けぬ、かの人に
わが憧れを、慕ふ思ひを。

Heinrich Heine 1827 Im wunderschönen Monat Mai aus Buch der Lieder
ハインリッヒ・ハイネ「いと麗はしき五月」歌の本 より：片山敏彦 訳

出典：新譯 ハイネ詩集 片山敏彦 訳 1938 新潮社

注）莟=つぼみ

注）この詩は、ロ―ベルト・シューマン作曲 ハイネの詩による歌曲集「詩人の恋」全 16 曲の第 1 曲に収められています。
F-ディスカウとエッシェンバッハによる演奏のグラモフォン盤CDのこの曲のタイトルが……
なんと、前代未聞の「うるわしくも美しい5月に」。

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上記注にある "うるわしく も 美しい" の "も" は日本語として機能していませんね。このような "も" の使用例は他にみあたりません。
翻訳者はたいそうご立派な肩書きを持った方ですが、このようなベラボウな訳が出版社や編集者のチェックをかいくぐって発行されてしまうのはどういうわけでしょう。
立派な肩書きにへりくだっていると、王様が裸でもそうは言えない、それを笑えない？
王様が裸なら、笑わなくてはいけません。みんなで笑いましょう。

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「も」の考察：

朱 武平 著「日本語におけるとりたて助辞「も」の意味と文法」より冒頭部分引用

１．とりたて助辞「も」の意味と用法 「も」について、寺村秀夫１９９１は「「ＸモＰ」の基本的な意味は、ＸについてＰを、Ｐと結びつくものとしてＸ以外のもの（～Ｘ）があるという影と対比しながらいうことであ る。（中略）「ＸもＰ」という文は、基本的には、聞き手が、「Ｘ」を聞いてすぐ、"Ｘでない" ものを連想することができる文脈、または状況があってはじめて成立する文である」と定義し、また、「も」は「数量、程度についての評価、その多少、高低を強調する意味で使われる」と指摘している
ref：日本語におけるとりたて助辞「も」の意味と文法

要するに「”短く" も "美しく” 燃え」などのように "も" の前後に置かれる語それぞれの語義が、異質である、あるいは、相反している、対照的である、等々によって初めて成り立つ表現であるといえるでしょう。それによって、次に続く言葉をより、詳しく、際立てて、明瞭に、精緻に、修飾するものなのだと思います。そこに同義語を並べてしまったのでは意味をなさず、滑稽になってしまいます。

片山敏彦氏によるこの詩の訳にも「も」が見事に使われていて、第2節2行目にある「いとも麗はしき五月」がそれです。
この「も」は第1節で「いと麗はしき」と修飾したところを第2節でそれを「いとも麗はしき」として、前述の寺村秀夫氏が指摘する「数量、程度についての評価、その多少、高低を強調する」表現にしています。
それは前節で、なべて花開きこころに恋ひらきぬ、と謳った後の第2節では、それに勢いを得てさらに飛躍しようとするハイネには五月が前にも増して麗しく感じられる… そのような思いを、そこに加えた「も」に託しているのでしょう。
この前後二箇所の表現の差異は原詩のドイツ語にはないのですが、片山氏の訳は二つの単語の間に助詞ひとつを加えただけで第二節に輝きを与えています。日本語固有の多彩な表現を駆使した訳であると言え、私が片山氏の翻訳を好む理由がこの辺りにあるような気もします。

改訂：2019.05.22 注釈に加筆 日本語の "も" について
2020.05.01 注釈 "日本語の も について" に加筆, レイアウト変更
2024.05.05 この詩の訳にある助詞 "も" について加筆
2024.05.07 本文中の仮名遣い及びルビを原典に整合