野口雨情・中山晋平 両氏のコンビによる作品。
そう聞くだけで期待が膨らむ… いや、曲はずいぶん昔から楽しんでもいるので、その作者を知り、なるほど… さすが… という感じがしています。
*写真は波浮港から見る西の空
そう聞くだけで期待が膨らむ… いや、曲はずいぶん昔から楽しんでもいるので、その作者を知り、なるほど… さすが… という感じがしています。
「波浮の港」は1923年に野口雨情氏が発表した詩を歌詞にして中山晋平氏が作曲した歌曲。
「ヤレホンニサ」という、特に意味はないと思われるお囃子のように響く言葉が各連の結句に繰り返され、それが面白くまた効果的に歌の調子を整えていて、楽しい歌曲になっています。
この「ヤレホンニサ」という言葉は他に使用例を見ないようなので、はじめは野口雨情氏による造語かと思いました。しかし実は、曲の調子を重んじる作曲者中山晋平氏の要望で「ヤレホンニサ」という語を挿入することを雨情氏が受け入れたと言われています。
しかしそのような事情がどうであれ、はやし言葉のようで調子のいい "ヤレホンニサ" の繰り返しの効果は、絶大ですね。
詩と韻と、歌詞とリズムと‥‥ いろいろと考えさせられます。
晋平氏は他にも雨情氏の詞に対する同じような改変を求めています。
♬しょっ、しょっ、しょうじょうじ♬ で始まる “証城寺の狸囃子“ では雨情氏オリジナルの「証城寺の庭は」を「証、証、証誠寺、証城寺の庭は」に変えて調子を整えることを要求し、雨情氏もそれを受け入れて、ヒットさせたとのことです。
この歌、往年の大テノール、藤原義江さんが実に豪快に歌っているのを聞いたことがあります。 私は、戦前の日本にはテノールらしいテノールは彼の他にはいなかったろうと思っているので(これはタリアビー二を真似たような裏声のようにか細い声で歌う歌い方を一流テノールのものとは認めない私の独断と偏見によります)、その片鱗を聞かせてもらえたとの好感を抱いて聴きましたが、それ(大声)以上の味わいはありませんでした。
歌曲とは、まず詩があり、書かれた言葉を乗せるメロディーとそれと一体の伴奏があり、人の声の最も美しい発声と詩の内容に応じた感情表現によるその歌唱、それらによって成り立つもの。
私がこの歌の歌唱に求めるのは「おおらかさ」「やさしさ」「あたたかさ」そしてそれらの源となり最も大切な「歌う対象への慈しみ」。
それをベースにYouTube上でかなり多くの歌唱を聴いてみましたが、この埋込動画における歌唱に勝るものは他に見つかりませんでした。
この歌唱を知りながら更にいろいろ聴いた理由は、この動画で歌手名が明らかにされていないためそれを知りたかったためでした。
それも叶わず歌手名不詳で掲載します。
波浮の港
1.磯の鵜の鳥ゃ 日暮れにゃ帰る
波浮の港にゃ 夕焼け小焼け
明日の日和は ヤレホンニサ なぎるやら
2.船もせかれりゃ 出船の仕度
島の娘たちゃ 御神火暮らし
なじょな心で ヤレホンニサ いるのやら
3.島で暮らすにゃ 乏しゅうてならぬ
伊豆の伊東とは 郵便だより
下田港は ヤレホンニサ 風だより
4.風は潮風 御神火おろし
島の娘たちゃ 出船の時にゃ
船のとも綱 ヤレホンニサ 泣いて解く
5.磯の鵜の鳥ゃ 沖から磯へ
泣いて送らにゃ 出船もにぶる
明日も日和は ヤレホンニサ なぎるやら
注)御神火=火山を神聖なものと扱って, その噴火・噴煙をいう語. 特に, 伊豆大島の三原山のものをさしていう (大辞泉)
注)なじょな=どんな〔仙台方言•形•どのような、どんな〕(宮城の方言:仙台弁メモ)
注)乏しゅうて=〔ともし/乏し/羨し•形•意味3→少ない、不足している〕伊東も下田も波浮港から距離は近いのに便が足りない
注)ヤレホンニサ=囃子言葉:やれ〔感動詞•これ, やあ, いや〕+ ほんに〔本に•副•ほんとうに〕+ さ〔間助•口調を整え, 相手の注意を引き留める〕(全訳+大辞泉) → 掛け声「いゃホントにサァ」(俗解)
注)とも綱=船をつなぎとめる綱 (大辞泉)
注)なぎる=風がやんで, 波がなくなり, 海面が静まること (大辞泉)
参照:学研 全訳古語辞典 改訂第二版 2014 小学館 (全訳)
小学館 全文全訳 古語辞典 2004 小学館 (全文全訳)
大辞泉 1995 小学館 (大辞泉)
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Bravo !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
3'17"
波浮の港
作詞:野口 雨情
作曲:中山 晋平
歌唱:不詳
作詞:野口 雨情
作曲:中山 晋平
歌唱:不詳
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波浮港ではたとえ水平線に沈む瞬間の夕日は見えなくも、この写真には収まりきれないほどの雄大な夕焼けを見ることができる。
従って、歌詞にある "夕焼け小焼け" の表現をあげつらって「東を海に面し西側に山を背負って全く夕日が見えない波浮港に「夕焼け」を見せる点」など「歌詞が必ずしも現地の風景に忠実でない部分がある」と批判する Wikipedia の記述は誤謬。
また「大島には全くいない海鵜が登場する」とも書くが、その数が多いか少ないかはともかく実際に伊豆大島でウミウが観測された写真を伴う記録が公に存在する。それを「全くいない」と決めつけて非難するのは悪質な中傷にほかならない。
何はともあれ詩人のイマジネーションに対してそれが "理に叶うか否か" の批判を加えるのは心が貧しいか病んでいる証拠。
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