破鐘
悲しくもまたあはれなり、冬の夜の地爐の下に、
燃えあがり、燃え盡きにたる柴の火に耳傾けて、
夜霧だつ闇夜の空の寺の鐘、きゝつゝあれば、
過ぎし日のそこはかとなき物思ひ やをら浮びぬ。
喉太 の古鐘きけば、その身こそうらやましけれ。
老らくの齢にもめげず、健やかに、忠なる聲の、
何時もいつも、梵音妙 に深くして、穏どかなるは、
陣營 の歩哨にたてる老兵の姿に似たり。
そも、われは 心破 れぬ。 鬱憂 のすさびごこちに、
寒空の夜に響けと、いとせめて、鳴りよそふとも、
覺束 な、音にこそたてれ、 弱聲 の細音も哀れ、
哀れなる臨終の聲は、血の波の湖の岸、
小山なす屍の下に、 身動 もえならで死する、
棄てられし負傷の兵の息絶ゆる終の呻吟か。
燃えあがり、燃え盡きにたる柴の火に耳傾けて、
夜霧だつ闇夜の空の寺の鐘、きゝつゝあれば、
過ぎし日のそこはかとなき物思ひ やをら浮びぬ。
喉太 の古鐘きけば、その身こそうらやましけれ。
老らくの齢にもめげず、健やかに、忠なる聲の、
何時もいつも、梵音妙 に深くして、穏どかなるは、
陣營 の歩哨にたてる老兵の姿に似たり。
そも、われは 心破 れぬ。 鬱憂 のすさびごこちに、
寒空の夜に響けと、いとせめて、鳴りよそふとも、
覺束 な、音にこそたてれ、 弱聲 の細音も哀れ、
哀れなる臨終の聲は、血の波の湖の岸、
小山なす屍の下に、 身動 もえならで死する、
棄てられし負傷の兵の息絶ゆる終の呻吟か。
ボドレエル —— 『悪の華』
Charles Pierre Baudelaire 1857 "La Closhie Felée", dans "Les Fleurs du Mal"
「惡の華」より:上田 敏 訳 1905「海潮音」本郷書院
「惡の華」より:上田 敏 訳 1905「海潮音」本郷書院
注)夜霧だつ闇夜の… 物思ひ やおら浮かびぬ =「夜霧の闇夜にうたう鐘の音を聞いていると、遠い思い出がゆっくりと浮かんでくる」の意
注)喉太の古鐘 = よく響く音(聲) がする古い鐘注)何時もいつも、梵音妙に… 穏どかなるは =「忠実にその信心深い音声をあげている」の意
注)そも、われは心破れぬ =「それにしても、私の魂はひび割れている」の意
注)すさびごこちに = 気まぐれに
注)いとせめて、鳴りよそふとも = 極力(歌)声を上げてみるが
注)覚束な、… 細音も哀れ = 心もとない弱った声が哀れ
出典:日本近代文学大系 52 明治大正譯詩集 角川書店
参照:岩波 古語辞典 補訂版 1990 岩波書店
改訂:2018.09.13 レイアウト更新 リーダー加筆
2023.08.16 末梢表現変更, スマホ表示修正、アイコンリンク修正
2023.08.16 末梢表現変更, スマホ表示修正、アイコンリンク修正
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