羊の歌
安原喜弘に
III
我が生は恐ろしい嵐のやうであつた、
其処此処に時々陽の光も落ちたとはいへ。
其処此処に時々陽の光も落ちたとはいへ。
ボードレール
九歳の子供がありました
女の子供でありました
世界の空気が、彼女の有であるやうに
またそれは、凭つかかられるもののやうに
彼女は頸をかしげるのでした
私と話してゐる時に。
私は炬燵にあたつてゐました
彼女は畳に坐つてゐました
冬の日の、珍しくよい天気の午前
私の室には、陽がいつぱいでした
彼女が頸かしげると
彼女の耳朶 陽に透きました。
私を信頼しきつて、安心しきつて
かの女の心は密柑の色に
そのやさしさは氾濫するなく、かといつて
鹿のやうに縮かむこともありませんでした
私はすべての用件を忘れ
この時ばかりはゆるやかに時間を熟読玩味しました。
女の子供でありました
世界の空気が、彼女の有であるやうに
またそれは、凭つかかられるもののやうに
彼女は頸をかしげるのでした
私と話してゐる時に。
私は炬燵にあたつてゐました
彼女は畳に坐つてゐました
冬の日の、珍しくよい天気の午前
私の室には、陽がいつぱいでした
彼女が頸かしげると
彼女の耳朶 陽に透きました。
私を信頼しきつて、安心しきつて
かの女の心は密柑の色に
そのやさしさは氾濫するなく、かといつて
鹿のやうに縮かむこともありませんでした
私はすべての用件を忘れ
この時ばかりはゆるやかに時間を熟読玩味しました。
中原中也 1934 「山羊の歌」
出典:中原中也全詩集 P.122 1972 角川書店
注)耳朶= 耳たぶ
注)玩味 = 意味をよく考え味わう
注)耳朶= 耳たぶ
注)玩味 = 意味をよく考え味わう
改訂:2023.10.14 レイアウト更新
2024.04.23 関連記事リンクURL修正
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