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Cogito


東明の空の如く丘々をわたりゆく夕べの風の如く
はたなびく小旗の如く涕かんかな

或はまた別れの言葉の, こだまし, 雲に入り, 野末にひびき
海の上の風にまじりてとことはに過ぎゆく如く……

2017-01-08

中原中也 「羊の歌 III」


中原中也「山羊の歌」より




羊の歌

安原喜弘に


   III


我が生は恐ろしい嵐のやうであつた、
其処此処そこここに時々陽の光も落ちたとはいへ。
ボードレール

九歳の子供がありました
女の子供でありました
世界の空気が、彼女のいうであるやうに
またそれは、つかかられるもののやうに
彼女は頸をかしげるのでした
私と話してゐる時に。

私は炬燵こたつにあたつてゐました
彼女は畳に坐つてゐました
冬の日の、珍しくよい天気の午前
私のへやには、陽がいつぱいでした
彼女が頸かしげると
彼女の耳朶みみのは 陽に透きました。

私を信頼しきつて、安心しきつて
かの女の心は密柑みかんの色に
そのやさしさは氾濫はんらんするなく、かといつて
鹿のやうに縮かむこともありませんでした
私はすべての用件を忘れ
この時ばかりはゆるやかに時間を熟読玩味ぐわんみしました。


中原中也 1934 「山羊の歌」



出典:中原中也全詩集 P.122 1972 角川書店

注)耳朶= 耳たぶ
注)玩味 = 意味をよく考え味わう


関連記事 : 「羊の歌 I
羊の歌 II
羊の歌 IIII


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2024.04.23 関連記事リンクURL修正


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