一夜分の歴史
その夜は雨が、泣くやうに降ってゐました。
瓦はバリバリ、煎餅かなんぞのやうに、
割れ易いものの音を立ててゐました。
梅の樹に溜った雨滴は、風が襲ふと、
他の樹々のよりも荒っぽい音で、
庭土の上に落ちてゐました。
コーヒーに少し砂糖を多い目に入れ、
ゆっくりと掻き混ぜて、さてと私は飲むのでありました。
と、そのやうな一夜が在ったとゐふこと、
明らかにそれは私の境涯の或る一頁であり、
それを記憶するものはただこの私だけであり、
その私も、やがては死んでゆくといふこと、
それは分り切ったことながら、また驚くべきことであり、
而も驚いたって何の足しにもならぬといふこと……
――雨は、泣くやうに降ってゐました。
梅の樹に溜った雨滴は、他の樹々に溜ったのよりも、
風が吹くたび、荒っぽい音を立てて落ちてゐました。
瓦はバリバリ、煎餅かなんぞのやうに、
割れ易いものの音を立ててゐました。
梅の樹に溜った雨滴は、風が襲ふと、
他の樹々のよりも荒っぽい音で、
庭土の上に落ちてゐました。
コーヒーに少し砂糖を多い目に入れ、
ゆっくりと掻き混ぜて、さてと私は飲むのでありました。
と、そのやうな一夜が在ったとゐふこと、
明らかにそれは私の境涯の或る一頁であり、
それを記憶するものはただこの私だけであり、
その私も、やがては死んでゆくといふこと、
それは分り切ったことながら、また驚くべきことであり、
而も驚いたって何の足しにもならぬといふこと……
――雨は、泣くやうに降ってゐました。
梅の樹に溜った雨滴は、他の樹々に溜ったのよりも、
風が吹くたび、荒っぽい音を立てて落ちてゐました。
中原中也 1937 (推定)「未刊詩篇」
出典:中原中也全詩集 P.824 1972 角川書店
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