白鳥
ステファンヌ・マラルメ
純潔にして生氣あり、はた美はしき「けふ」の日よ、
勢 猛 き 鼓翼 の 一搏 に 碎 き裂くべきか、
かの無慈悲なる湖水の 厚氷 、
飛び去りえざりける羽影の透きて見ゆるその厚氷を。
この時、白鳥は過ぎし日をおもひめぐらしぬ。
さしも榮多かりしわが世のなれる果の身は、
今こゝを脫れむ術も無し、まことの 命 ある天上のことわざを
歌はざりし咎か、實なき冬の日にも愁は照りしかど。
かつて、みそらの榮を忘じたる科によりて、
永く負されたる白妙の苦悶より白鳥の
頸は脫れつべし、地、その翼を放たじ。
徒にその清き光をこゝに託したる影ばかりの身よ、
已むなくて、白眼 に世を見下げたる冷き夢の中に住して、
益も無き流竄の日に白鳥はたゞ侮蔑の衣を纏ふ。
勢 猛 き 鼓翼 の 一搏 に 碎 き裂くべきか、
かの無慈悲なる湖水の 厚氷 、
飛び去りえざりける羽影の透きて見ゆるその厚氷を。
この時、白鳥は過ぎし日をおもひめぐらしぬ。
さしも榮多かりしわが世のなれる果の身は、
今こゝを脫れむ術も無し、まことの 命 ある天上のことわざを
歌はざりし咎か、實なき冬の日にも愁は照りしかど。
かつて、みそらの榮を忘じたる科によりて、
永く負されたる白妙の苦悶より白鳥の
頸は脫れつべし、地、その翼を放たじ。
徒にその清き光をこゝに託したる影ばかりの身よ、
已むなくて、白眼 に世を見下げたる冷き夢の中に住して、
益も無き流竄の日に白鳥はたゞ侮蔑の衣を纏ふ。
Stéphane Mallarmé 1842-1892 "Le Vierge"
上田敏訳 1915 三田文学 六ノ一二
上田敏訳 1915 三田文学 六ノ一二
注)湖上で睡眠する白鳥、夜間に張り詰めた氷に半身を閉ざされて動けなくなると、猛禽類などの天敵に対して無防備、餌も水も補給できず、絶体絶命の身となる。その、囚われ、死を待つのみの白鳥を詠う(土のちり)
注)はた〜 = そして また〜
注)砕き裂くべきか = 砕き裂けないのか? → べきか=べし(ここでは可能の意)+か(疑問):(可能の意を表すものも、成立を確信する意から転じたものである;岩波)
注)命ある天上のことわざ = 創り主なる神を讃える言葉
注)愁へは照り = 憂いは顕に
注)…しかど = しか〔過去の助動詞 き の已然形〕+ ど〔逆接の確定条件〕→ …たけれど
注)みそらの榮 = 天なる神の栄
注)白妙の苦悶 = 白い苦悶:深く激しい苦悶ではなく、日常的な労苦
注)脱れつべし = きっと逃れるであろう → つべし=つ(完了)+べし(ここでは推量) 強意を表す
注)地 = 大地(湖水をも含む地表の全て)
注)已む無く = 止む無く
注)白眼に = 冷淡に
注)流竄 = 流罪 島流し
注)この詩は、無題であったため、冒頭の1行 ”Le vierge, le vivace et le bel aujourd'hui” をもって識別されていたが、後に、"Le Cygne (白鳥)" あるいは "Le sonnet du cygne (白鳥のソネット)" などと呼ばれ、広く親しまれるようになった。
出典において上田敏は、訳詩の表題を「白鳥」とする一方、訳詩のオリジナルを "Le Vierge (純潔)" としている。これは原典にあたりやすくするための配慮かと思われる。(土のちり)
出典において上田敏は、訳詩の表題を「白鳥」とする一方、訳詩のオリジナルを "Le Vierge (純潔)" としている。これは原典にあたりやすくするための配慮かと思われる。(土のちり)
出典:「上田敏全訳詩集」1962 岩波文庫、岩波書店
参照:岩波 古語辞典 補訂版 1990 岩波書店
改訂:2020.06.20 レイアウト更新, 他末梢変更
2024.02.15 リード文字サイズ変更及びルビ廃止
2024.10.13 ステファヌ→ステファンヌ(原典の表記に整合)
2024.02.15 リード文字サイズ変更及びルビ廃止
2024.10.13 ステファヌ→ステファンヌ(原典の表記に整合)
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