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Cogito


東明の空の如く丘々をわたりゆく夕べの風の如く
はたなびく小旗の如く涕かんかな

或はまた別れの言葉の、こだまし、雲に入り、野末にひびき
海の上の風にまじりてとことはに過ぎゆく如く……

2017-07-11

ステファヌ・マラルメ「白鳥」


「上田敏全訳詩集」より

 … 益も無き 流竄の日に 白鳥は たゞ侮蔑の 衣を纏ふ




 白鳥


ステファヌ・マラルメ 



純潔にして生氣せいきあり、はたうるはしき「けふ」の日よ、
 勢 猛 いきほひたけ鼓翼はばたき一搏ひとうち に くだ き裂くべきか、
かの無慈悲なる湖水の 厚氷あつごほり
飛び去りえざりける羽影はかげの透きて見ゆるその厚氷を。

この時、白鳥は過ぎし日をおもひめぐらしぬ。
さしもはえ多かりしわが世のなれるはての身は、
今こゝをのがれむすべも無し、まことの いのち ある天上のことわざを
歌はざりしとがめか、みのりなき冬の日にもうれへは照りしかど。

かつて、みそらのはえばうじたるとがによりて、
永く負されたる白妙しろたへ苦悶くもんより白鳥の
くびのがれつべし、地、そのはねはなたじ。

いたづらにその清き光をこゝにたくしたる影ばかりの身よ、
むなくて、白眼はくがん に世を見下げたるひやき夢の中にぢゆうして、
やうも無き流竄るざんの日に白鳥はたゞ侮蔑のきぬまとふ。



Stéphane Mallarmé 1842-1892 "Le Vierge"
上田敏訳 1915 三田文学 六ノ一二




注)湖上で睡眠する白鳥、夜間に張り詰めた氷に半身を閉ざされて動けなくなると、猛禽類などの天敵に対して無防備、餌も水も補給できず、絶体絶命の身となる。その、囚われ、死を待つのみの白鳥を詠う(土のちり)

注)はた〜 = そして また〜
注)砕き裂くべきか = 砕き裂けないのか? → べきか=べし(ここでは可能の意)+か(疑問):(可能の意を表すものも、成立を確信する意から転じたものである;岩波)
注)命ある天上のことわざ = 創り主なる神を讃える言葉
注)愁へは照り = 憂いは顕に
注)…しかど = しか〔過去の助動詞 き の已然形〕+ ど〔逆接の確定条件〕→ …たけれど
注)みそらの榮 = 天なる神の栄
注)白妙の苦悶 = 白い苦悶:深く激しい苦悶ではなく、日常的な労苦
注)脱れつべし = きっと逃れるであろう → つべし=つ(完了)+べし(ここでは推量) 強意を表す
注)地 = 大地(湖水をも含む地表の全て)
注)已む無く = 止む無く
注)白眼に = 冷淡に
注)流竄るざん流罪るざい 島流し

注)この詩は、無題であったため、冒頭の1行 ”Le vierge, le vivace et le bel aujourd'hui” をもって識別されていたが、後に、"Le Cygne (白鳥)" あるいは "Le sonnet du cygne (白鳥のソネット)" などと呼ばれ、広く親しまれるようになった。
出典において上田敏は、訳詩の表題を「白鳥」とする一方、訳詩のオリジナルを "Le Vierge (純潔)" としている。これは原典にあたりやすくするための配慮かと思われる。(土のちり)


出典:「上田敏全訳詩集」1962 岩波文庫、岩波書店
参照:岩波 古語辞典 補訂版 1990 岩波書店


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2024.02.15 リード文字サイズ変更及びルビ廃止



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