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Cogito


東明の空の如く丘々をわたりゆく夕べの風の如く
はたなびく小旗の如く涕かんかな

或はまた別れの言葉の, こだまし, 雲に入り, 野末にひびき
海の上の風にまじりてとことはに過ぎゆく如く……

2018-12-17

立原道造「天の誘ひ」


拾遺詩篇より




天の誘ひ



 死んだ人なんかゐないんだ。
 どこかへ行けば、きつといいことはある。

 夏になつたら、それは花が咲いたらといふことだ、高原を林深く行かう。もう母もなく、おまへもなく。つつじや石榴の花びらを踏んで。ちやうどついこの間、落葉を踏んだやうにして。
 林の奥には、そこで世界がなくなるところがあるものだ。そこまで歩かう。それは麓をめぐつて山をこえた向うかも知れない。誰にも見えない。
 僕はいろいろな笑ひ声や泣き声をもう一度思ひ出すだらう。それからほんとうに叱られたことのなかつたことを。僕はそのあと大きなまちがひをするだらう。今までのまちがひがそのためにすつかり消える。

 人は誰でもがいつもよい大人になるとは限らないのだ。美しかつたすべてを花びらに埋めつくして、霧に溶けて。

 さやうなら。



立原道造 1914−1939 拾遺詩篇より



注)石榴=ざくろ


出典:立原道造詩集 1988 岩波書店

改訂:2024.05.10 旧仮名遣い補完:
ちょうど→ちやうど, 笑い→笑ひ, だろう→だらう, さようなら→さやうなら



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