冬の日
私を愛する七十過ぎのお婆さんが、
暗い部屋で、坐つて私を迎へた。
外では雀が樋に音をさせて、
冷たい白い冬の日だつた。
ほのかな下萠の色をした、
風も少しは吹いてゐるのだつた、
私は自信のないことだつた、
紐を結ぶやうな手付をしてゐた。
とぎれとぎれの口笛が聞こえるのだつた、
下萠の色の風が吹いて。
あゝ自信のないことだつた、
紙魚が一つ、颺つてゐるのだつた。
暗い部屋で、坐つて私を迎へた。
外では雀が樋に音をさせて、
冷たい白い冬の日だつた。
ほのかな下萠の色をした、
風も少しは吹いてゐるのだつた、
私は自信のないことだつた、
紐を結ぶやうな手付をしてゐた。
とぎれとぎれの口笛が聞こえるのだつた、
下萠の色の風が吹いて。
あゝ自信のないことだつた、
紙魚が一つ、颺つてゐるのだつた。
中原中也 1934 未刊詩篇
出典:中原中也全詩集 P.430 1972 角川書店
注)この「冬の日」と「歸郷」の二つの詩は、河上徹太郎氏への手紙に同封されたのが初出といわれ、同じ時期に書かれたものと思われます。また、同じ機会に詠まれたかのように、いくつかの共通点が窺えます。
注)樋=とい 雨樋
注)下萠=したもえ 下萌え 植物が地表に芽を出すようす その時期
注)紙魚=たこ 凧
注)颺つて=あがって 揚がって
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