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Cogito


東明の空の如く丘々をわたりゆく夕べの風の如く
はたなびく小旗の如く涕かんかな

或はまた別れの言葉の, こだまし, 雲に入り, 野末にひびき
海の上の風にまじりてとことはに過ぎゆく如く……

2020-03-29

サルバトーレ・アダモ:雪が降る


このクリップの音声と画像はそれぞれ "雪" を歌い映していますが、相互の関連は全くなく、汽笛や列車の走行音が歌声を妨げたりさえしています。
それでも、このビデオクリップで聴くと、なぜか、この歌がより味わい深く聴こえます。



この歌も蒸気機関車の走る風景もノスタルジーに過ぎないよ、と言われてしまえばそれまでなのですが……
でも、決してそれだけではない素晴らしさがこの歌と画像にはあって、惹きつけられます。

何が素晴らしいかって? 言葉で表しにくいのですが、あえていえば‥‥
この、画像と音がバラバラだったり、画像が縦長に歪んだりしてもいて、決して上な画像とはいえず、また珍しいわけでもなく、古い記憶の断片を寄せ集めたかのような動画‥‥ それがそんなに "素晴らし" のは、うまく言えそうもないのですが… まず、その一見無造作のような画像が、歌が歌われている間中続くこと、それがいい。
上手に撮った高画質でステレオタイプの画像を歌に重ねられるよりずっといい、何倍もいい。
ポイントは先にも触れた "無造作"。より的確にいえば "無作為"。歌を聴く私とその歌との間に、動画の作者が何らかの操作で余計な介入をしてこない、そういう意味での無造作、無作為。
そのおかげで、私は自分の勝手なノスタルジーにたっぷり浸れるというわけです。
では、そう見えさえすれば画像は何でもいいのか、というとそうではありません。
無造作に見えるのは一見そのようであるだけで、その見せ方にはビデオ作者の優れたセンスをかいま見ることができます。

歌が歌われている間は、一見無造作のようなカットが続きます。
耳は歌声を、目は画面のSLと雪を追い、気がつけば私の心は、在りし日への思いをあれこれと勝手気ままに馳せている。
歌詞を歌い終わりハミングに変わると画面は遠ざかる列車を映しながらフェードアウト。
画面はここから、一風変わったカットのつながりを見せます。
ファードアウトした画面に、作者のエンドタイトル・クレジットが現れ、そのままフェードアウトして終わるかと思いきや、ハミングが続き、画面は突然アダモの超アップの顔を映し、更に続くハミングがそれに被る。 やがて顔のアップがフェードアウトし、つづくカットは、いきなり列車の最後尾が画面右に走り去る。主体がいなくなり取り残されたかのようにうつろな雪景色… 小雪が舞い遥かに響き消えてゆく汽笛…
この、ハミングに被るカットのつながりがなんともシュールに感じられて好ましいのです。特にラストシーンの "駅構内の雪景色" には唸ってしまいます。
このビデオクリップの作者が、どこまでそのような意図を持って演出したものなのか、はたまた何か他の理由でそのようなカットの並びになっているのか、持って生まれたセンスで直感的に仕上げたのか……

小雪が、静かに、ただ降るばかり…… "blanche solitude (白い孤独)"。


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Bravo !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

3’13“
"Tombe la neige"「雪が降る」
Lyrics&Comped by:Joseph Elie De Boeck / Oscar Saintal / Salvatore Adamo
Vocal.: Salvatore Adamo


改訂:2024.12.20 末梢表現変更



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