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Cogito


東明の空の如く丘々をわたりゆく夕べの風の如く
はたなびく小旗の如く涕かんかな

或はまた別れの言葉の, こだまし, 雲に入り, 野末にひびき
海の上の風にまじりてとことはに過ぎゆく如く……

2018-01-10

中原中也「冬の夜」


中原中也「在りし日の歌」より




冬の夜


みなさん今夜は静かです
薬鑵の音がしてゐます
僕は女を想つてる
僕には女がないのです

それで苦勞もないのです
えもいはれない彈力の
空氣のやうな空想に
女を描いてみてゐるのです

えもいはれない弾力の
澄み亙つたる沈黙しじま
薬鑵の音を聞きながら
女を夢みてゐるのです

かくて夜は更け夜は深まつて
犬のみ覺めたる冬の夜は
影と煙草と僕と犬
えもいはれないカクテールです

   2

空氣よりよいものはないのです
それも寒い夜の室内の空氣よりもよいものはないのです
煙よりよいものはないのです
煙より 愉快なものもないのです
やがてはそれがお分りなのです
同感なさる時が 來るのです

空氣よりよいものはないのです
寒い夜の痩せた年増女としまの手のやうな
その手の弾力のやうな やわらかい またかたい
かたいやうな その手の彈力のやうな
煙のやうな その女の情熱のやうな
炎えるやうな 消えるやうな

冬の夜の室内の 空氣よりよいものはないのです


中原中也 1938 在りし日の歌


出典:中原中也全詩集 P.186 1972 角川書店

注)薬鑵 = やかん
注)彈力 = だんりょく
注)亙つた = わたった
注)覺めたる = さめたる
注)炎える = もえる


改訂:末梢誤植訂正



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