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cogito ......


 東明 しののめ の空の如く丘々をわたりゆく夕べの風の如く
はたなびく、、、、、小旗の如くかんかな

    あるはまた別れの言葉の、こだまし、雲に入り、野末にひびき
    海のの風にまじりてとことはに過ぎゆく如く……

    中原中也「老いたる者をして」- 詩集「在りし日の歌」より

2026-02-12

ある宣教師へのメール IV


そして三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

- マルコによる福音書 15章34節 日本聖書協会口語訳聖書



M兄

こんにちは!
お便りありがとうございます。
こちら一年で一番寒い時期にあって屋内に篭りきりの毎日を過ごしています。それでも朝日が登る時刻はもうはっきりと早くなっているのが解ります。暖かくなるのももうすぐですね。

干し柿は美味しいですからね、その種にやられましたか…
正直、大笑いしてしまいました… 素直に笑えたのは、大昔ぼくもチョコレートを噛んだ時、中にあった想定外の固いキャラメルに歯が当たって健全な前歯を折ってしまったことがあって、その時目の前にいた人に大笑いされたのを思い出して同病相憐れんだ結果でした。
万事金次第のアメリカとは違ってこちらは健康保険利用で数千円(?)の治療費で済みました。

そんな国に生きているので、僕は貯金をはたいてそれを福祉に回し「江戸っ子は宵越しの金は持たねぇ」とばかりに清々しい日々を過ごし続けようとしています。
それでも物欲は無くならないので、欲しいものに手が届かず指をくわえることも多々ある訳ですが…

世界で一億人が飢えているとして、その中のたった一人に一日一食多く食べてもらう、たとえそれだけのことしかできなくても、それすらしない生き方はキッパリ、できない。
質素に暮らし、健康に留意し、余暇には何がしか楽しみ、やめた方がいいに決まっているアルコールも少しは楽しむなどのわずかな浪費もしながらですが、この生き方を続けたいと思っています。
100%自己満足ですね。


前にも簡単に触れましたが、最近世界観がすっかり変わっていて "人格神" のいるべき場所が微妙になっています。
それ故今は、イエスを "人間イエス" と捉え、新しい倫理と神(絶対神)への信仰を極限(精神的肉体的痛み苦しみ味わい尽くした後の死)に至るまで貫いたその生き様が、信仰と言うものの真髄だと考えています。

「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」

神に見捨てられてもなお、今際の際にそう思わざるを得なくなってもなお…、そう問いいつつもなお… その神に従って死んでいかれたイエス。

私は今、そこに一人のヒトとしてのイエス、人間イエスを見ます。
イエスがその生涯によって示されたのは "信仰とは何か" だったと思います。

イエスが "復活" して見せたから信ずるのではありません。
復活の奇跡自体を「見ないで信ずるものが幸いである」のです。

復活のご褒美がないなら信じない、のであればそれは信仰ではなく打算ですね。

暴言多謝 m(_ _)m


 - 遥か東でなお祈る愚者 -



注)誤変換訂正の他、読み易さ改善のための改行と末梢変更を数箇所で加えています





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