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Cogito


東明の空の如く丘々をわたりゆく夕べの風の如く
はたなびく小旗の如く涕かんかな

或はまた別れの言葉の, こだまし, 雲に入り, 野末にひびき
海の上の風にまじりてとことはに過ぎゆく如く……

2024-04-28

そが みまこさん "夏の思い出"


夏が来れば思い出す
  はるかな尾瀬
    遠い空 …

2021.8.2投稿記事の更新 - 季節感について大幅に加筆


さわやかな声と優しい歌い方がたいへん魅力的な そがみまこ さんの歌で 尾瀬の思い出 … ではなく "ナツの思い出" をお楽しみください。

この歌、とても好きな歌の一つですが、歌詞の季節感のずれが玉にきず

といって、これは夏の思い出なのかあるいは春の思い出なのか、などと理屈を捏ねてこの歌が楽しめなかったというわけではありません。たくさん楽しませていただいています。

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でもあるとき、作詞者がこの歌の題名について開き直ったとしか受け取れない内容の発言をしていることを知り、極めて不快に思いました。


尾瀬沼でミズバショウが咲くのは5月末ごろ、季節でいえば尾瀬はまだ春先。

尾瀬ヶ原の標高は1400m。平地との標高差1400mは大気温度の差にして-7℃。- 理科で学習
尾瀬と東京の月毎の平均的な気温(最低-最高)を比べると次; - データ提供元: NOAA

尾瀬ヶ原の5月:4-15℃
東京の3月:5-14℃

要するに、尾瀬で水芭蕉が咲く5月の気候は、平地(東京)の3月の気候に相当するということです。


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この歌のおかげで尾瀬は有名になったが、ミズバショウの咲くのは5月末であり、尾瀬の春先にあたる。そのため、せっかく夏に来たのにミズバショウを見ることができなかった、という人は多い。江間はその理由を『(夏の思い出)その想いのゆくえ』にて以下のように述べている。

「尾瀬においてミズバショウが最も見事な 5、6月を私は夏とよぶ、それは歳時記の影響だと思う」

 - wikipedia

むっ……

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「早春賦」という歌が私は大好きです。少なくとも日本で作られた歌のなかで最も好きなものの一つです。
こう歌い始めます、

 「春は名のみの 風の寒さよ ・・・」

歳時記がなんと記していようと、私はときどき思う "春なのに風が寒い" と。
これは生身の人間の自然な感性の発露でしょう。
この場合の "春" はおおむね「立春」を過ぎた頃を指します。
「春は名のみの・・・」の "春" も同様で、立春は名ばかりで… の意。

立春を過ぎ周囲の気温が上がり始めていても、風に当たると冬と同じように寒く感じる… これは、秒速1mの風が当たると体感温度が1℃下がると言われる現象があるためです。

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立春とは黄道(地球を中心として想定される天球上の太陽の軌道)の24分割を基準とする「二十四節気」の最初の節気にあたります。
太陽の軌道の時系列の分割ですからこれは純然たる太陽暦(新暦)上の季節の分割です。つまり旧暦とも旧正月とも全く関係なしということ。
こんなことを書く理由は、この "二十四節気" という暦が大変理にかなっていると思うゆえ。
その根拠は、冬から春へ、夏から秋への季節の変わり目を、冬至と夏至を基準に据え、そこから気温が上がり始める日と下がり始める日を定め、それぞれを立春、立秋、とすることによって、季節の移り変わりの節目を気温の変化という物理的な現象に対応させているからです。

冬に入ると日々気温が下がる。冬至が過ぎて日照時間が少しずつ長くなり始めても気温はさらに下がる。
関東地方の一年間の気温の推移を近年の記録で見ると、気温変化が低下から上昇に転ずるのは一月の中旬から二月の初旬頃にかけてであることが多い。
立春は冬至から1カ月半後の2月4日ないし5日で閏年の翌年などは3日になることもあるようですが、多くの年でその頃に気温が上昇に転じているので立春の日の定めは気候の変化を言い表すのにふさわしいと言えます。
同様に、立秋は夏至から1カ月半後。今年は8月7日ですが、近年の気温の推移は八月の上旬から下旬にかけて下降に転じています。これもまた的確に季節の変わり目を言い当てています

一方、立夏は春分の日から1カ月半後の5月5日または6日で、その日、立春から立秋に至る気温の変化、すなわち年間の最低気温から最高気温に至る変化、の中間点を過ぎ、春は終わり夏が始まります。
とはいえ、5月に経験した過去の思い出を "夏の思い出" として記憶し、語り、記す人はほとんどいないと思われます。その思い出がまだ寒い高地での経験であったのならなおさら。
少なくとも私は高齢者といわれる歳になって久しく、そう聞いたことも読んだこともありません。

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前にも同じようなことを書いていますが、歳時記は感性の牢屋です。
人の感性の根幹が関わる "暑い" "寒い" という領域にまで強引に干渉してきてそこに閉じ込めようとする。

蛇足:誤解のないように記します。ある五月の出来事の思い出を個人的に夏の思い出と称することが誤りだとか悪いなどと言っているのではありません。
ここではそれが公表され他の多くの人に奇異に受け取られることに対して、それを正当化しそこに掲げる理由の良し悪しを問うています。
歳時記に毒されそれに責任を転嫁する言葉は、詭弁であるだけでなく自らを欺く。間違いなら赦せるが… 責任転嫁のごまかしは両刃の剣、自らを害いダメにする。

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 Brava !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 2'45"
"夏の思い出"

作詞: 江間章子
作曲: 中田喜直
歌: そが みまこ


改訂:2024.04.29 欠落主要記述を補遺, そがみまこ Official Blog へのリンク埋込, 末梢表現変更
2024.05.04 末梢表現変更
2024.05.07 末梢表現変更


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